たえっセイ Vol.3

車椅子を使用し始めた当時、あぶなっかしながらも独歩で外出していた私は、車いすで公共交通機関を利用することに申し訳なさを感じていた。

『自分ががんばれば(労力と時間をかけていつ転ぶかわからない不安や危険と隣り合わせだけど)回りの手を煩わせずに移動できる』と思っていたし、介助も最低限しか使わず、自分のできる150%の力で生活していた。

健常者と同じように生きていくことがいい事と小さい頃からインプットされていたからである。

常に何事も全力疾走だった。

それで得られたものもたくさんある。

でも、全力疾走がそう長く続くはずがない。私がどんなにがんばっても、健常者と対等の生活は営めないし、身体に負担をかける一方で、結局は全面的にサポートを受けることになってしまう。

何より、本来、自分が力を注ぎたいことができなくなる。実際、身体は疲れきって生活もままならない時期があった。

もちろん、自分のできることを精一杯やって生活していくのも1つのスタイルであるが、私はそのスタイルでは生きていけないと思うようになった。

車椅子を使うこと・介助者を使うこと・社会資源を使うことで自分の世界が広がっていった。

自立生活の考え方の1つにこんなものがある。《1時間も2時間もかかって着替えをし、それのみで疲れて他に何もできないよりも介助を使って短時間で身支度をし、仕事をしたり地域で活動するほうが自立している。

自分が苦手とすることや困難なことは様々なサポートを受けながら地域社会で生き、できる限りの社会貢献をしていく。》

どんな生活を考え、どう実行していくかは自由である。

ただ、この考え方を含め、様々なスタイルで自分の生活を決めていく権利があるということがまだ社会に浸透していないように思う。

障害者自身も知らず(知らされず)にいることが多い。

これを打破するには、多くの重度障害者がいろんなライフスタイルで生活していくことだと思う。

私もその一人として自ら選んだ生活をしていく。